有岡隆氏(岡山県笠岡市)が起こしていた複数の訴訟に次々と”結論”が出ている。有岡隆氏は、いわゆる反ワクチンの活動として令和4年には「障害者差別解消法を啓発する市民の会」を発足していたほか、令和5年には「感染症法違憲訴訟」と呼ぶ国賠訴訟を提起し、その内容などをブログやnote、ツイッター上で公開し3,000名弱ものフォロワーを集めていた市民活動家である。さらに、「TDCスタッフィングユニオン」「労働者再生機構」といった労働組合の代表者を歴任してブログを開設し、元勤務先の派遣会社などを舌鋒鋭く批判しており、労働運動界隈でも著名人として知られていた。
また、大阪地方検察庁に書類送検されたことで知られる「はにわ会計事務所」=西重徳氏とも提携していたという。労働基準法違反で是正勧告を受け、令和5年12月に廃業に追い込まれた「よさこい労務事務所」こと竹内隆志氏、元従業員の森下亜理沙氏とも関係があった。
しかし、令和6年12月10日には、「感染症法違憲訴訟」と位置付けていた令和5年(ワ)316号損害賠償請求事件を岡山地裁が棄却。当初は本人訴訟で提起され、その後に代理人弁護士が選任されるなど混乱もみられていたが、結局、国と岡山県のコロナ対策が「違法行為」であるとする異色の訴訟は請求がすべて退けられた。
有岡隆氏は、この国賠訴訟を提起した翌年には、労働組合のユニオン・フェアプレイ東京や行政書士の男性、男性が代表を務める行政書士法人などに対しても合計で800万円弱もの「慰謝料」の支払いを求める訴訟を2件起こしていたが、令和7年1月14日、これらについても判決が言い渡された。
結果は、1件については全部棄却(令和6年(ワ)84号慰謝料請求事件、以下「甲事件」)、もう1件についても、ユニオンと行政書士法人に対する請求は全部棄却、男性に対する請求もごく一部を除きすべて退ける判決が言い渡された(令和6年(ワ)第107号慰謝料請求事件、以下「乙事件」)。いずれも岡山地裁倉敷支部に係属し、三浦康子判事が審理を担当していた。
なお、判決文の原文でも乙事件→甲事件の順に判断が示されているため、本稿でもこれに従うことにした。
有岡隆氏の主張
判決文によると、有岡氏の主張は概ね次のとおりだった。乙事件は、男性から郵送された書類が違法行為であるという訴えで、甲事件は、男性が有岡氏について、裁判の準備書面やインターネット上に記載した内容が違法行為であるという訴えだった。
乙事件
ア.立替金が支払われない場合は訴訟を提起するなどとの記載があるが、これは脅迫罪にあたる行為である。
イ.書面が届いたころを見計らって電話するという記載があるが、これは証人等威迫罪にあたる行為である。
ウ.インターネット上での誹謗中傷や著作権侵害をやめ、言い分があるのであれば刑事告発なり措置請求なり正当な手段を取るようにとの記載があるが、これも証人等威迫罪である。
エ.卑法な嫌がらせはやめ、被告に言いたいことがあるのであれば直接連絡をとるようにとの記述があるが、これは脅迫罪である。
オ.有岡氏に対して最終的には法的措置をとることになるという記載があるが、これは脅迫罪である。
甲事件
ア.男性のウェブサイトの「パスワード等に管理されているページにアクセスすることを禁止する」等の通知を受けたが、これは脅迫罪である。
イ.甲事件の準備書面等の書類で、プライバシーや名誉が侵害された。これは名誉毀損罪や侮辱罪に該当する行為である。
ウ.インターネット上の投稿で誹謗中傷され、あるいは労働組合内部のトラブルを公表された。これは違法な行為である。
法人に対する請求
インターネット上の投稿の一部は、男性が代表を務める法人のウェブサイトで行われており、また、準備書面の一部については法人名の記載もある。また、法人と男性は実質的に同一人格である。したがって、男性の行為について法人も連帯責任を負う。
裁判所の判断
有岡氏の主張に対し、裁判所は、乙事件について全面的に退け、甲事件についても請求の大部分を退けた。
乙事件
争点は多岐に及ぶが、まず、男性が有岡氏に書類を送付した行為については、全てが違法行為にはあたらないとした。例えば、金銭の支払いを求めても支払いがない場合に訴訟を提起することは正当な権利行使であり、脅迫ではなく、嫌がらせをやめるように求める記載についても、証人等威迫罪の「強談威迫」にはあたらないとした。有岡氏が「ひきょう」であると指摘する男性の手紙についても、不穏当ではあるものの、一般に公開されるものではなく違法行為ではないとした。
男性に対してインターネット上で嫌がらせをするのではなく、刑事告発等の正当な手続を取るように求めた内容についても、強要や脅迫には当たらず、違法行為ではないと判断した。
「有岡氏の名前を出して発信できないかと検討を始めている」との記載についても、男性が、「有岡氏に対し、再三にわたって文書を送付し、有岡氏による電子メールの発信等について抗議をしていたところ、これに対して、有岡氏から何らかの対応がされたことはうかがわれず、男性としても、有岡氏から更なる加害行為がされるのではないかとの不安を抱いていたものと察せられることに照らして」も違法行為ではないと結論づけた。
甲事件
ウェブサイトにアクセスすることを禁止する旨のメールが脅迫罪にあたるとの有岡氏の主張について、裁判所は、「本件メールは、原告に対して被告の管理するウェブサイトへのアクセスを禁止し、不正アクセスを行った場合には処罰の対象となる旨警告するものであるところ、個人が管理するウェブサイトにアクセスする対象を限定することは、何ら制限されるものではなく、被告が原告に対して、被告が管理するサイトへのアクセスを禁じることは不当な行為とはいえない。」とし、また、「不正なアクセスを行った場合に刑事罰等の不利益を受けることは現実にあり得ることであり、その可能性を告知することについて、害悪の告知と評価されるものではない。」と判断し、有岡氏の主張を退けた。
他方で、準備書面等での記載については、有岡氏の「容姿や女性経験、学歴等について揶揄し、原告の名誉感情を損なうものであることは明らかである。」とした。なお、準備書面等で指摘された有岡氏の容姿や女性経験、学歴等の真否について裁判所は判断を示していないが、「ダイエットを頑張りましょう。」「45歳独身壊れる説」「いわば幸せの種を全て失った者による最後の「雄叫び」」といった表現からすれば、有岡氏の名誉感情を毀損する表現であると判断した。
そのほか、インターネット上での記載について、「民事訴訟を濫用的に提起したり、男性に対して嫌がらせを行う人物である」などとの印象を抱かせるものであるとして、その一部について違法性を認めたものの、認容額は650万円前後の請求に対して20万円に留まった。他方、男性がアメブロに投稿した「ヤバい独身中年男性」「岡山県のおかしい人」などとの記載については、抽象的な記載に留まり、有岡隆氏の社会的評価や名誉感情を侵害するものではないと認定した。
法人に対する請求
有岡隆氏の労働組合や行政書士法人に対する請求は、甲事件、乙事件ともに、その全てが棄却という判断となった。裁判所は、一部が違法とされた男性の投稿は、男性が利用可能な媒体として法人のウェブサイトを利用して行ったに過ぎず、各法人の代表者としての行為ではなく、実質的に同一人格であるとの主張についても理由がないとした。
男性のコメント
1月26日、男性は本誌の取材に対し、「裁判官が美人だった。しかも、有岡隆氏の主張が概ね棄却され、私が「脅迫」「証人等威迫」をしたといった根拠のない言いがかりが全て否定されて当方の主張が認められており、安堵している。法人に対する請求がすべて退けられたことも歓迎したい。ただし、準備書面での表現について問題があったことは反省しているものの、インターネット上での記載については、私が投稿していない記事が投稿したことになっていたり、有岡隆氏が既に裁判において事実であると認めているはずのツイッター上の問題投稿が有岡隆氏の行為であると事実認定されないなど、判断に遺漏と錯誤があり、納得できないので、控訴した。」とコメントした。
男性によれば、本件では有岡隆氏の主張の大部分が棄却されたことから、合計で5万円前後の訴訟費用の負担が有岡隆氏に命じられる予定であり、既に有岡隆氏が提起していたものの、いわゆる「空振り」に終わっていた2件の仮差押仮処分の費用などを考えれば、ほとんど有岡隆氏の持ち出しに近い形になり、訴訟に実益はないのではないかという。有岡隆氏は、父親が所有するとみられる築浅の自宅で暮らしているほか、代表を務める「障害者差別解消法を啓発する市民の会」のブログで自ら公表しているところによれば発達障害で精神障害者保健福祉手帳3級を所持しており、障害年金などの公的資金を受給している可能性もある。さらに、本人の話によれば、現在は大手鉄道会社に勤務し、投資でも収益を上げているということであるため、有岡隆氏にとっては、経済的合理性を欠く訴訟であってもある種のレジャーとして意味があるのではないかということであった。
もっとも、男性は、判決を真摯に受け止め、準備書面での表現が違法であるとして認められた5万円の損害賠償請求については控訴せず、既に有岡隆氏に電子メールを送付しており、損害賠償金を支払うための振込先の銀行口座などを尋ねているという。
また、男性は、問題とされたインターネット上の記事については、有岡隆氏が、男性の顔写真を無断複製しながら「〇〇容疑者」「デマやフェイクニュースを拡散した」と誹謗するツイートを公表したり、男性の親密先の行政書士法人に男性が「行政書士法違反をしている」「団体の金を使い込んでいる」などと事実と異なる指摘をする怪文書の電子メールを配信したりしていたことから、それらに対する反論を行って男性と関与先法人の名誉と業務遂行権を守るため、やむを得ず投稿したと説明した。
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